独歩「此の我の存在」
全集9巻の遺稿「此の我の存在」も驚異の哲学シリーズの小品。ここでの驚異の対象は「此の我」で、夜中、ふと目が覚めたときに、この世界における自己の存在を強烈に意識するという体験を語っている。
眠りから覚めたときにこういう実存的な意識状態に陥るというのは自分も何度か経験したことがある。独歩のように「此の生命は此の宇宙の呼吸である」というような感覚は持ったことはないが、世界(宇宙、この世)というものがあり、ここに《我というもの》が存在していることが「とんでもない異常事態」として感じられるということが学生時代に何回かあった。この意識状態は長くは続かず、自力でこの感覚を呼び覚まそうとしても駄目だったのは独歩と同じ。一種の変性意識状態といってもいいのだろうが、日常的な世間的な我とは違う、自分が存在することの奇跡性を痛感させられる感じで、眠りから覚めた時に陥りやすい状態だと思ってはいたが、これに似た体験は独歩のこのエッセイ以外でまだお目にかかったことがない。ジェイムズの「宗教的経験の諸相」などにも似たケースはなかったように思う。
独歩の宗教的衝動の原点がどういう具体的体験から始まったのかは知らないが、少くとも自分はこの体験をして以降、哲学や宗教の本を多少本気になって読み始めたという事情があり、独歩の驚異の哲学に共感する理由でもある。
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