かたじけなさに涙こぼるる

なにごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる

伊勢神宮に参拝したときに西行法師が詠んだ句だそうだ。仏教の僧侶が神道の聖域で宗教的感銘を受けるというのも面白いが、かたじけなさに涙がこぼれるという感動の仕方が、人類の罪を一人背負って死んだとされるキリストに対するクリスチャンの感動によく似ている。
この西行の感情は、贖罪思想などを知らなくても、人間は何か超越的な存在に対して、かたじけない、ありがたい、と思うような心性をもともと持っている、ということだろうか。それともこういう感情体験は一種の神秘体験であり、西行はそれと知らぬまま、何らかの宇宙的「真理」に触れたのだろうか。